1: けんもですの 2026/02/19(木) 12:07:54.92 ID:gi17PfsH0.net BE:663766621-2BP(1000)
滝川一益がそこまで欲しがった珠光小茄子とは、一体どんな茶器だったのでしょうか。
珠光(村田珠光)とは室町時代中期の茶人で、侘茶の創始者とされるカリスマでした。珠光小茄子とは彼が所持していた茄子型の茶入で、九十九髪茄子(つくもがみなす)より小ぶりであったことから小茄子と呼ばれたそうです。
後世「四茄子茶入(珠光小茄子・紹鴎茄子・九十九髪茄子・博多茄子)」に数えられた名物で、現存する九十九髪茄子などから、その素晴らしさが偲ばれます。
三好実休(みよし じっきゅう)が2,000貫文(約2億円)で購入したものが石山本願寺へ渡り、それから武野宗瓦(たけの そうが。武野紹鴎の子)そして信長の手に渡ったという経緯がありました。
残念ながら本能寺の変で焼失してしまったらしく、現存していません。それを知った一益は、信長の死よりも悔しがったかも知れませんね。
それにしても、確かに素人目でも素晴らしいものであることは感じられますが、国一つより欲しいかと言われると……皆さんは、どう思われますか?
https://mag.japaaan.com/archives/269422
珠光(村田珠光)とは室町時代中期の茶人で、侘茶の創始者とされるカリスマでした。珠光小茄子とは彼が所持していた茄子型の茶入で、九十九髪茄子(つくもがみなす)より小ぶりであったことから小茄子と呼ばれたそうです。
後世「四茄子茶入(珠光小茄子・紹鴎茄子・九十九髪茄子・博多茄子)」に数えられた名物で、現存する九十九髪茄子などから、その素晴らしさが偲ばれます。
三好実休(みよし じっきゅう)が2,000貫文(約2億円)で購入したものが石山本願寺へ渡り、それから武野宗瓦(たけの そうが。武野紹鴎の子)そして信長の手に渡ったという経緯がありました。
残念ながら本能寺の変で焼失してしまったらしく、現存していません。それを知った一益は、信長の死よりも悔しがったかも知れませんね。
それにしても、確かに素人目でも素晴らしいものであることは感じられますが、国一つより欲しいかと言われると……皆さんは、どう思われますか?
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